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『希望の国のエクソダス』を読んで · 読書感想・書評

『希望の国のエクソダス』村上龍|26年経っても古びない。ポンちゃんたちは今も最高に面白い

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2026年、村上龍の『希望の国のエクソダス』を約20年ぶりに読み返した。

いや、やっぱり面白い。

これほど年月が経っているのだから、さすがに古く感じる部分もあるだろうと思っていた。特にこの作品は、インターネットやデジタル技術が社会を変えていくことを題材にしている。

ところが、読み終えて改めて驚いた。

2000年に刊行された小説なのに、まったくといっていいほど古さを感じない。

むしろ、当時より経済のことを少し理解できるようになった今のほうが、登場する中学生たちの凄さに気づく場面があった。

凄いことをしているな、この子らは……。

そんな感想を何度も抱いた。

大人たちを出し抜く中学生

物語は、日本社会に希望を見いだせなくなった中学生たちが、学校を離れ、自分たちで新しい組織や経済活動を始めていく話だ。

中心にいるのは、ポンちゃんと呼ばれる少年。

彼らは、ただ大人に反抗しているわけではない。

頭がいい。それも、学校の成績がよいという意味だけではなく、情報や技術を使って現実の問題を解決する能力に優れている。

インターネットを自在に使いこなし、仲間を集め、ビジネスを始める。やがて、その活動は日本の政治や経済を揺さぶるほどの規模に成長していく。

彼らにとってデジタル技術は、後から苦労して覚えるものではない。最初から身近にある、ごく自然な道具なのだ。

一方で、大人たちは既存の制度や常識に縛られている。

その対比が実に面白い。

立場も経験も社会的な地位も、大人たちのほうが上のはずだ。それなのに、実際に状況を理解し、先を読んで行動しているのは中学生たち。

この逆転がたまらなく痛快だった。

学校では習わない資金調達

今回読み返して、以前よりも強く感心したのが経済活動の描写だ。

特に資金調達。

僕自身、約20年前に初めて読んだときと比べれば、経済について多少は詳しくなった。

だからこそ、ポンちゃんたちがやっていることの凄さがよくわかる。

彼らは単に新しい事業を思いつくだけではない。大人たちが作った経済や金融の仕組みを理解し、それを逆に利用して、自分たちの活動に必要な資金を手に入れていく。

これ、大人でも簡単にできることではない。

それを中学生がやってしまう。

学校で普通に教わるような内容でもないだろう。もちろん、小説だから可能な展開もある。それでも、仕組みを考え、情報を集め、実際に動かしてしまう彼らの知性と行動力には驚かされる。

初めて読んだ頃は、大人たちを翻弄する中学生の姿そのものが面白かった。

今はそれに加えて、経済の仕組みを利用する巧みさが目に入る。

同じ小説なのに、自分の知識が増えることで、別の面白さが見えてくる。

再読してよかったと思う理由の一つだ。

ポンちゃんたちが大人を裁く

強烈に記憶に残っている場面がある。

ポンちゃんたちが、屋上かどこかで校長にユーモアのある「処刑」を下す場面が、妙に印象に残っている。

細かなやり取りや具体的な方法までは、今ここで正確に再現できない。ただ、あの場面に感じた痛快さは覚えている。

本来なら、校長は生徒たちを指導する立場にいる。

学校という組織の中では、校長が権威を持ち、生徒はその下にいる。

ところが、ポンちゃんたちはその関係をひっくり返してしまう。

しかも、ただ暴力的に相手を倒すのではない。そこにはユーモアまである。

大人の権威が失われることの滑稽さと、子どもたちがここまでやるのかという驚き。

この場面は、作品全体の面白さを象徴しているように感じた。

2000年に、ここまで描いていたのか

刊行から26年。

今ではインターネットもスマートフォンも生活の一部になり、個人が情報を発信し、事業を立ち上げ、世界中の人とつながることも珍しくなくなった。

けれど、この小説が書かれたのは2000年だ。

その時点で、デジタル技術を使いこなす若者たちが既存の社会や経済を揺さぶるという物語を、これほど大胆なスケールで描いていた。

村上龍の先見性には、改めて驚かされる。

もちろん、作中の未来がそのまま現実になったわけではない。

それでも、社会を動かす力が必ずしも年齢や地位や経験に比例するものではなく、情報や技術を使いこなす人間が、大きな影響力を持ち得る。

そんな構図は、2026年の今でも十分にリアリティがある。

むしろ、今だからこそわかる部分もあると思う。

こんな若者たちが現れたら

僕は村上龍の、少数の人間たちが巨大な権力や既存の秩序をひっくり返す物語が好きだ。

『半島を出よ』も『オールド・テロリスト』も『愛と幻想のファシズム』もそうだ。

『希望の国のエクソダス』では、その役割を担うのが中学生たちというところが面白い。

若いからこそ、大人の常識に従わない。

しかも、ただの無鉄砲な反抗ではなく、頭を使い、技術を使い、実際に経済を動かしてしまう。

こんな若者たちが現実に現れたら、きっと面白いだろうなと思う。

もちろん、現実の社会は小説ほど単純には動かない。それでも、当たり前だと思っていた秩序が、まったく違う発想によって覆されるところを想像すると、わくわくする。

今回、約20年ぶりに再読して、村上龍という作家の凄さに改めて惚れ直した。

これほど面白い小説は、もっと多くの人に読んでほしい。

そして、さらに20年後に読んだとしても、きっと楽しめるのではないか。

いや、そこまで断言するには、未来の社会がどう変わるかはわからない。

でも少なくとも、2000年に生まれたこの物語が、2026年の僕をこれほど楽しませてくれたのは確かだ。

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