妻は生きている。でも、もう妻として暮らせない――東野圭吾『秘密』
妻と娘が乗ったバスが事故に遭う。妻の直子は亡くなり、娘の藻奈美だけが助かった。ところが意識を取り戻した娘の中にいたのは、直子だった。
『秘密』のこの設定を思い出すたび、最初の気持ちが二つに分かれる。直子は死んでいなかった。平介にとって、それは嬉しいはずだ。でも、目の前にいるのは娘の体だ。この先どうやって暮らすのかと考え始めると、嬉しいなんて簡単には言えなくなる。
不憫すぎる設定だと思う。妻を失った夫でも、娘と二人で生きる父親でもない。どちらの相手も目の前にいるのに、どちらとの暮らしも元には戻らない。東野圭吾さんは、よくこんな状況を考えたなと思う。そして考えただけで終わらず、その後の日々をずっと描いていく。そこがつらい。
帰ってきた妻を、どう迎えればいいのか
それでも生活は続く。食事をして、学校に送り出し、周囲には言えない秘密を抱えたまま日を重ねる。大きな出来事の直後よりも、そういう毎日の中で、自分たちが以前とは違う関係になったことを何度も思い知らされるのではないか。読んでいて、平介の逃げ場のなさが苦しかった。
娘の人生も止められない
藻奈美の体は成長していく。学校での生活があり、友人ができ、自分の知らない世界へ進んでいく。その中で生きている直子にも、新しい人生が生まれてしまう。
「生まれてしまう」と書くのは、平介の側から見れば、そう感じそうだからだ。でも直子の側からすれば、目の前にある人生を生きるのは自然なことだろう。娘の体でこれから何年も過ごすのに、ずっと以前の妻のままでいることを求められても困る。頭ではわかる。いや、わかるから余計につらい。
平介が戸惑ったり、嫉妬したりする気持ちも責めきれない。妻だと思っている人が、自分とは別の時間を生き始めるのを見ているのだから。一方で、直子に「妻でいてほしい」と願い続けることが、彼女のこれからを狭めてしまうのもわかる。
誰にも言えない苦しさ
この物語の苦しさは、誰かに事情を話して相談できないことにもある。平介が「娘の中身は妻なんです」と言っても、周囲に信じてもらえるとは思えない。直子も、娘として過ごしながら、自分が何者なのかを人に説明できない。
生きていてくれたことが救いのはずなのに、将来を考えると地獄のようにも思える。こんな不条理があるだろうか。
最後の「秘密」まで残酷だった
結末で明らかになる秘密も、僕には優しいものとして受け取れなかった。平介のためを思った選択だったとしても、平介にとっては残酷だと思う。相手を傷つけまいとしてついた秘密が、あとから相手をもっと深く傷つけることもある。
『秘密』という短い題名に、こんなに重いものが入っていたのか。読み終えたあと、しばらくその不条理から離れられなかった。
この記事で扱った本
- Amazonで見る
秘密