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『レトリック感覚』を読んで · 読書感想・書評

さて、どう喩えようか――佐藤信夫『レトリック感覚』

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言葉は、毎日使っている。

読むことも、書くことも、話すことも。それなのに、自分が使っている表現の仕組みについては、案外知らないままだったりする。

佐藤信夫の『レトリック感覚』を読んだとき、まず面白かったのは、比喩ひとつにも、こんなに種類があるのかということだった。

何気なく読んでいた文章。特に意識せず使っていた言い回し。それらが体系的に説明されると、なるほど、そういうことだったのかと思う。

知らなかった言葉を覚える面白さもあるけれど、それ以上に、知っていたはずの言葉について、初めて説明を聞くような面白さがあった。

喩えるにも、いろいろある

本書では、直喩、隠喩、換喩、提喩をはじめ、誇張法や列叙法、緩叙法などが扱われている。名前を並べると少し難しく見えるけれど、さまざまな具体例を通して言葉の働きを考える本だ。

たとえば、ここで簡単な例を作ってみる。

「氷のように冷たい視線」と書くのと、「氷の視線」と書くのでは、近いことを言っていても、感じは少し違う。

前者では、視線の冷たさを氷に喩えていることがはっきり示される。後者では、視線そのものに氷の性質を重ねるような表現になる。

どちらがよいということではない。文章の前後や、伝えたい感じによって、選び方は変わる。

こうした違いを、僕はそれまで感覚で受け取っていたのだと思う。意味は分かるし、表現の印象も違う。でも、どうして違うのかまでは考えていなかった。

説明されてみると、その小さな違いにも仕組みがある。

普段なら読み過ごすところで立ち止まり、言葉が何をしているのかを眺める。それだけでも、十分に面白かった。

もちろん、細かな分類名を今もすべて覚えているわけではない。

文学を読むとき、表現にも目が向く

物語を読んでいると、展開や登場人物に気持ちが向く。

何が起きたのか。その人はどうなるのか。続きを知りたくて、文章を先へ先へと読んでいく。

けれど、この本を読んでからは、どう書かれているのかにも、以前より目が向くようになった。

ある感情を、そのまま感情の名前で説明するのではなく、別の何かを通して感じさせる。短い言葉なのに、人物の様子や、その場の空気まで伝わってくる。

この言い方だから、こう感じるのだろうか。別の言葉だったら、どんな印象になるのだろうか。

いちいち分類して読むわけではないけれど、少し立ち止まって考えたくなる。

分かったことと、書けることは違う

ただ、読んだからといって、すぐに使えるようになるわけではない。

よい表現を読んで、なるほどと思う。それを自分で書こうとすると、急に難しくなる。

何に喩えれば伝わるのか。どこまで説明すればいいのか。考えているうちに、かえって分かりにくくなってしまうこともあるだろう。

それでも、表現を考えるときに、ふと独りでつぶやくことがある。

さて、どう喩えようか。

何となく思いついた言い方で済ませる前に、別の表現を考えてみる。自分が伝えたいのは何なのか、どんな感じを受け取ってほしいのか、少し考える。

うまく書けるとは限らないけれど、その時間には楽しさがある。

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