遺伝子の仕組みから、生命の不思議へ――村上和雄『生命の暗号』
生命について考えるとき、まず知りたくなるのは仕組みのほうだ。身体はどうやってつくられ、働き続けているのか。遺伝子には何が書き込まれていて、それがどう使われるのか。『生命の暗号』を手に取ったときも、関心の入口はそこにあったと思う。
村上和雄は遺伝子を研究してきた科学者だ。本書では、遺伝子の働きや、遺伝子が「オン」「オフ」になるという考え方を、専門家ではない読者にも伝えようとしている。細かな説明を今も覚えているわけではない。それでも、自分の身体の中で絶えず起きていることを、遺伝子という視点から見せられた驚きは残っている。
仕組みを知れば、生命の不思議も少しずつ解けていくのかもしれない。けれど、この本について振り返ると、知るほどにむしろ不思議さが増していった感覚がある。小さな細胞の中で起きることが、身体全体の働きにつながっている。その複雑さを考えると、「よくできている」という言葉だけでは足りない気がした。
もちろん、仕組みが精巧に見えることと、その背後に何があるかを証明できることは別だ。ただ、遺伝子のメカニズムに関心を持って読み進めた先で、生命そのものへの驚きが大きくなったのは確かだ。
「サムシング・グレート」という言葉
この本で特に記憶に残っているのが、村上が語る「サムシング・グレート」だ。生命を成り立たせている、偉大な何か。科学では計り知れない、不思議なものを指す言葉として受け取った。
サムシング・グレートを、何か特定の存在として理解したわけではない。はっきりした形を与えられないからこそ、心に残ったのかもしれない。人間が調べ、説明できる範囲は広がっていく。それでも、生命について「わかった」と言い切るのは難しい。自分には、その言葉がそうした限界や畏敬を表しているように感じられた。
人間の可能性にも目が向く
当時は、遺伝子や生命科学だけでなく、人間の可能性や、心と身体の関係にも関心があった。本書は遺伝子の説明にとどまらず、その働きと生き方を結びつけて語る。科学の本を読んでいるつもりで、自分という人間の可能性についても考えることになった。
ただ、「気持ちを変えれば思いどおりに遺伝子を動かせる」と単純に受け取っていたわけではない。遺伝子の働きを説明する話と、そこからどう生きるかを考える話は、同じではないと思う。今読み返せば、その間にどんな根拠が示されているか、改めて確かめたくなるところもある。
それでも、身体や能力を初めから固定されたものとして見るだけでは、見落とすことがあるのではないか。そう考えるきっかけをくれた本だった。何かを実践したとか、読んで人生が変わったとか、そういう記憶はない。関心の向く先が、遺伝子の仕組みから、人間そのものへ少し広がったのだと思う。
この記事で扱った本
- Amazonで見る
生命の暗号