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『光のとこにいてね』を読んで · 読書感想・書評

何気ない時間が、どうしてこんなに愛おしいのだろう――『光のとこにいてね』

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この小説でいちばん好きだったのは、大きな出来事よりも、二人の何気ないやり取りだった。

相手の様子に目を留める。そばにいる。何かを言って、それを相手が受け取る。

一穂ミチの『光のとこにいてね』は、そういう細かなところから気持ちが伝わってくる。愛おしい、という言葉がよく似合う表現だと思った。

評判や紹介を見て気になり、手に取った一冊だった。読み終えて残ったのは、温かな気持ちだけではない。切なさも、危うさもあった。

二人が一緒にいる、その時間

物語は、小学生の結珠と果遠が出会うところから始まる。育った環境の違う二人は惹かれ合い、離れ離れになり、その後また出会う。

二人にとって、相手と過ごせることは決して当たり前ではない。

子どもは、生まれる家も親も選べない。大切な相手がいても、大人の事情で会えなくなることがある。

だからこそ、一緒にいる時間が愛おしく見える。何でもない仕草や言葉のやり取りが、後から思い返すと、かけがえのないものになる。

人物の気持ちをすべて説明されるより、細かな描写から伝わってくる文章が好きだ。読み手の僕まで、その時間がなくならないでほしいと思ってしまう。

救いなのか、危うさなのか

ただ、二人のつながりを、きれいなものとして眺めているだけではいられなかった。

互いの存在が救いになっているように思える。その一方で、相手を求める強さに少し身構える自分もいた。

恋愛か友情か、という名前には、あまり興味が向かなかった。二人にとって特別な相手なのだということは伝わってきたからだ。

でも、これほど強く誰かを必要とする感覚は、僕自身には遠い。すべて分かるとは言えない。それでも読んでいるうちに、二人が離れることを切なく感じている。

自分に経験のない関係でも、こんなに気持ちを動かされるのかと思った。

結末よりも残ったもの

結末については、正しいか間違っているかではなくて、それを二人が選んだことなんだと受け止めた。

むしろ思い出したくなるのは、そこに至るまでの時間だ。

出会って、離れて、また出会う。一緒にいなかった時間も含めて、二人の人生が続いている。その積み重ねを読んだから、最後の選択だけを切り離して考える気持ちにはなれなかった。

二人が交わした何気ないやり取りを、今も愛おしく思う。

それと同時に、その結びつきの強さには、やはり少し怖さもある。

どちらか一方に片づけられないまま残っているところも、この小説の好きなところなのかもしれない。

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