身近な食べ物から始まる怖さ――仙川環『繁殖』を読んで
仙川環さんの医療ミステリーに夢中になり、何冊か続けて読んでいた時期がある。『繁殖』も、その頃に手に取った一冊だ。
医療や科学の知識が、事件の謎を解く手がかりになっていくところが面白かった。
知識が物語の外にある解説ではなく、登場人物たちが原因を追うために必要なものとして出てくる。仙川さんの作品を読み続けた理由の一つは、そこだったと思う。
ただ、『繁殖』については、面白さと一緒に「怖いなあ」と感じた記憶が強い。
おにぎりから始まる事件
物語の発端は、幼稚園で起きた食中毒だ。
園児たちの症状から、初めはおにぎりの管理に問題があったと思われる。けれど調べていくと、単純な食中毒では片づけられないことが分かってくる。
特別な場所で起きた、遠い世界の事件ではない。幼稚園と、子どもたちが食べるおにぎり。その組み合わせが、まず身近だった。
何が原因なのか分からない間にも、子どもたちは具合を悪くしている。いつも口にする食べ物が、突然、疑わしいものに見えてくる。その距離の近さが怖い。
原因を追うには、症状を見て決めつけず、医療や科学の知識を使って確かめなければならない。謎解きの面白さがある一方で、最初の見立てだけでは分からない怖さもあった。
子どもを預かる場所で
もう一つ印象に残っているのは、幼稚園の先生たちにかかる負担だ。
子どもの安全を預かる場所で事件が起きる。原因もはっきりしないまま、保護者や周囲の目が園へ向く。先生たちの疲弊が、読んでいて気になった。
もちろん、子どもを心配する保護者の気持ちも分かる。それでも、そこで働く人たちも答えのない状況に置かれるのだと思うと、事件を外から眺めるだけではいられなかった。
食べ物の安全は、毎日のことなのに、自分で確かめられる範囲には限界がある。
『繁殖』を読んだあと、何か具体的な対策を取った記憶はない。ただ、普段の食事が多くの人の管理や判断の上に成り立っていることを考えた。
科学の知識で謎を追う面白さと、自分の生活にもつながる不安。その両方があるから、仙川さんの医療ミステリーを何冊も読みたくなったのだと思う。
この本について今も残っているのは、身近なものほど、何か起きたときに怖いという感覚だ。
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繁殖