人は商品ではなく、「特別な自分」にお金を払う――『「キャバクラ」の経済学』を読んで
『「キャバクラ」の経済学』という題名を見たとき、その組み合わせがまず面白かった。
キャバクラと経済学。
一方は夜の遊びで、もう一方は数字や理論を扱う学問に見える。けれど、キャバクラを一つのビジネスとして眺めると、人が何にお金を払い、なぜ同じ店へ何度も通うのかが見えてくる。
客が買っているのは、酒だけではない。
女性と過ごす時間であり、自分の話を聞いてもらう時間であり、自分だけが少し特別に扱われる時間である。
形のある商品は何も残らない。
店を出れば、その時間は消えてしまう。それでも客は財布を開き、また店へ戻ってくる。
なぜなのか。
そこには、自分はこの人にとって少し特別なのではないか、いつかもっと近い関係になれるのではないか、という期待がある。
完全に手に入れば、期待は終わる。
絶対に手に入らないと分かっても、やはり終わる。
手に入りそうで入らない。その距離が保たれているから、次も会いたくなる。本書が描いていたのは、そんな疑似恋愛の仕組みだった。
よくできた商売だと思う。
もちろん、人の期待を利用していると見れば、少し怖いところもある。それでも、良い悪いより先に、人間の心理をよく捉えていることに感心した。
人は、いつも合理的な理由だけでお金を使うわけではない。
必要だから買う。安いから選ぶ。品質が良いから決める。
そういう説明ができる買い物もある。
けれど実際には、その商品やサービスによって、自分がどんな気持ちになれるのかが大きい。
認めてもらえる。
理解してもらえる。
大切に扱ってもらえる。
他の人とは違う、自分だけの存在として見てもらえる。
人は商品そのものより、その先で得られる感情にお金を払っていることがある。
この本を読んだ当時、私はそれを仕事へ応用しようと考えていたわけではない。変わった業界の仕組みをのぞき見る面白さのほうが大きかった。
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「キャバクラ」の経済学